本の修理をしました。
「Bradshaw’s Continental Railway Guide」
1896年刊
ステープル製本(ステープラー製本、針金製本)
袋有り・結び紐付きハードカバー
とある翻訳者さんからのご依頼です。ロンドンで出版された鉄道時刻表と旅行ガイド。貴重な資料として読みたかったけれど壊れているので怖くて開くことができない、というご相談でした。
before
表紙が外れ、遊び見返しは欠けている状態。表表紙は袋状になっていて古い地図などペラものが詰まっていました。裏表紙には紐が付いていてこれは本来もっと長くて表に回して結んで持ち歩くのかな?というような装丁です。
中身はこれが扉なのかな?欠けているのかも…?気になるのはそれぐらいで、綴じはしっかりしています。そもそもこの綴じ、はじめて出会った綴じでした。1折1折りは4箇所のホチキス留めのような中綴じ。では折同士はどうつながっているかというと太めの平紐2本の支持体にホチキス留めをしているため支持体有りのかがり綴じのような構造がかろうじて成り立っているという。平紐は見返しの裏側まで延ばして貼り込んでいたようですが表紙の外れとともに切れてしまっているようでした。
↓この支持体のような平紐にホチキス留めのように針金で1折につき4か所、がちりと綴じられています。もちろんケトルステッチはありません。(この綴じ方については後述します)
・・・
修理。ホチキス(針金)はいづれ錆びるのですべて取り除きたいところですが中身はしっかりしています。ここで分解するとボロボロになりそうなので現状維持にして表紙を中心に直しました。背表紙に革を使って分かれた表紙を1つにし、袋部分は壊れやすい構造だったので構造を変えて袋を作り直しました。中身は寒冷紗やクータを合わせて補強しています。
after
ステープル製本(ステープラー製本、針金製本)について
はじめて出会ったこのおもしろい綴じ。気になり過ぎて心が躍っていましたが修理している間は調べることもなく。修理が終わってIGに写真をあげたところ、ある方から岡本幸治さんがこの綴じについて言及していたと教えていただきました。岡本先生が!それは嬉しい。参照で教えていただいたのは千代田区図書館での針金綴じの講演(→★)この講演は行きたかったけど行けなかったやつ!そして内容の資料はこのサイトにはない。それから一橋大学社会科学古典資料センター(→★)の資料も教えていただきました。ただ文章だとモノがよくわからなくて針金綴じは指すものが異なることもあるのでこの参照ページだけではよく分からずでした。
ただ、一橋大学社会科学古典資料センターの資料のなかで「針金を綴じの材料としたステープラー綴じは 1880 年代から約 50 年間に渡って行われ、錆びの問題が発生している」という記述があり、「ステープラー綴じ」とは?中綴じでも平綴じでもない綴じのことを指しているのかどうか、しかしどう調べれば・・途方に暮れて自分の製本本棚から参考文献を探してみることに。すると東京製本倶楽部が出していた「製本用語集」が目に留まり、期待値あがりながらページを捲って「す」の行へ。「ステープル製本」!あった!
●ステープル製本・・・「製本用語集」東京製本倶楽部 より
"staple binding 針金や金具を用いて折丁を綴じる製本。ドイツの量産体制に入った時代の製本にもよく見られる" とのこと!まさにこれですね。モノクロだけど写真もあるので確かです。しかも修理した「Bradshaw’s Continental Railway Guide」が1896年刊なので、まさに時代もぴったりと合う。ただ、イギリスの本だけどドイツで製本したのかな、そこらへんはわかりません。もしかしたらイギリスでも一時的に主流だったのかな。
さらにさらにそのある方から追加情報が。「メタルカラーの時代4」山根一眞 著、こちらに岡本幸治さんとの対談があり、そのなかでステープル製本について語られていると。"1870年から1880年頃からこの針金綴じが増え1900年代初頭にはなくなる"という記述があるようで。このメタルカラーの時代の古書、秒でポチリしました!
そうすると、ホチキス、ホッチキス、ステープラー、ステープル、その歴史は?という疑問も出てきたのでWikipedia(→★)へ。"現在ステープラーと呼ばれている文具の原型が生まれたのは、18世紀頃のフランスと言われている"そうです。
イギリスで出版だけど製本はドイツなのか?この点もやはり気になります。その点をご依頼主さんに質問してみたところ、以下のお返事があったので追記しておきます。"19世紀末にはドイツのタウヒニッツ社(Tauchnitz publishers →★)という出版社がライプチヒで英語の本を出版していました。コナン・ドイルの作品も出しています。イギリス以外の国に英語の本を供給するためだそうです。ですから英語の本をドイツで印刷していてもおかしくないのかなあとは、思いました。またこの本はご存知通りヨーロッパ旅行案内ですので、大陸で編集していたことも考えられます。すると印刷も大陸で、ということもありえるかもしれません。ちなみに20 世紀の末頃は、イギリスの出版社の本を買うと、スペインで印刷されたというものがいくつもありました。たしか当時はスペインのほうが印刷代が安かったから、ときいています"
なるほど、めちゃめちゃおもしろい…!そしていろいろと勉強になりました。ご依頼主さま、綴じについて教えていただいた方、本の修復の岡本幸治さま、本当にありがとうございました。
【追記】
「メタルカラーの時代4」が届いたので、岡本幸治さんとの対談部分を読みました。ほんの20頁ほどですが、欧州文化の極み「本の美術家」の「古書修復法」として分かりやすく本の修復について触れることができます。そして例のステープラーの綴じについても触れられています。"旧東欧圏やロシアの本に多い。「出版地ライプチヒ」なんていう名が出てくると、これは危ないぞと。"
やっぱりライプチヒ!ご依頼主さんの話と通じますね。参考文献にぜひ。
・・・・・・・
本の修理の方法は
1つだけではありません
修理の目的、ご希望の素材や
予算などに合わせて
修理方法を考えさせていただきます
本の修理や手製本、お気軽にご相談ください
今までの本の修理のご依頼→▲
手製本のご依頼→▲
お問い合せについては
こちら→★
をお読みの上、ご連絡をお願い致します
古本と手製本ヨンネ
植村愛音
info@yon-ne.com